11月 202011
 

過去二十年間、日本政府は日本軍「慰安婦」被害者への謝罪と法的責任をとることを巧妙に回避してきた。そしてその二十年の間ソウルの日本大使館の前で開催されてきたデモが本書のタイトルの『水曜デモ』だ。「心を慰め安らかにする」という美名のもとに性奴隷とされた「慰安婦」ハルモニ(おばあさん)たちとその支援者が毎週水曜日の十二時に謝罪と賠償、戦争反対を求めて声をあげる。日本政府は国として事実を認めるべきだが、本書の中で彼女たちの言葉で語られる拉致、性暴力、監禁、拷問といった「慰安所」での彼女たちの体験は、国家間の歴史的な出来事として片付けるだけでなく、心を持った女性の個人的で切実な体験として受け止めるべきだ。

女性たちの悲惨な体験が綴られ、女性とは人間でなく男たちの家畜や奴隷過ぎないという気持ちにさせられ、女と生まれてきたことは不幸の始まりでしかないのだと結論づけたくなるような内容の、この本の中で救いがあったとすれば、「男性にとって一番大切な存在は女性(母、妻、娘)である」と書かれた部分だった。しかし皮肉なことに、女性が「男性にとって大切な存在」であることは、男性が敵国の女性に暴力をふるう理由にもなってしまう。

大切であるからこそ、敵を痛めつけるための道具にされてしまうのだ。

「母国」という言葉は、女性を敬い慕う言葉のようだが、男性の勝手な価値観によって女性が国土と同一に捉えられている顕われだとも考えられないだろうか。「女性」が「国土」と同一視される時、戦場における女性への暴力こそが、敵国への攻撃であり、領土を支配することと同等に、敵国への勝利を確認する手続きとなる。

性暴力を受けた女性たちは解放後も家父長的・男性中心主義の貞操を重視する社会にあって、冷遇され、性暴力に対して沈黙を強要された。社会もまた沈黙した。「責任をとるべき人もなく、被害者もいなくなれば、それは『犯罪』とは呼ばずに『日常』と呼ぶことになる」と本文にある。「責任をとるべき人」とは誰だろう? 間違いなく現代に生きる私たちだ。

Momoe Melon

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