9月 032012
 

土色の着物にハットを被り杖をついた田中泯が賽ノ河原を思わせる石が積まれた上手から葉の落ちた木立のある下手へと空気を裂いては混ぜて移動してあの世とこの世の狭間を舞台上につくりだす。田中が客席へ足を着いた瞬間、死神とは遠慮会釈なく生の世界に亀裂を施す存在だと知る。木の枝で支えられた高座の下は空洞となり、黄泉の国への入り口のように舞台中央で口を開けている。黒い羽織の柳家喬太郎が、高座に正座すると、ピンスポットのあたったそこだけが結界を張られたハレの場として闇の中に浮かび上がる。が、灯りの下、喬太郎は不穏な気配を漂わせ、「間引き」という不吉な言葉を交えて貧しい家の子供の誕生から噺を始める。死が生の一部なら、誕生は死の始まりか。子の名付け親に選ばれたのは、金持ちにも貧乏人にも分け隔てなく死をもたらす死神。名前は存在を証明するもの。名がなければ存在は無に帰す。死神から名を受けた子は大人になり、死神の言いつけを破り名前を忘れる。

笑いを誘う喬太郎の背後で死の気配となった田中は時に迷子になった子供のように足を揺らし、高座の端に手を置いては結界を脅かす。死神の愛は子供のように無邪気で野性的だ。死神の使命は命を生命の循環に晒すこと。愛も笑いも闇の中の束の間の光だと示唆する薄暗い照明の中、喬太郎の噺と田中の動きが渦巻く感情となって空間を満たす。田中が結界を破り高座で喬太郎の背後に立った時、熱を帯びた舞台の上に亀裂が生じ、一陣の風が吹く。死神が自ら名づけた子供の命のろうそくを吹き消す息だ。

Momoe Melon

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